満天☆の海-2

教訓海難・睡魔に襲われ御前岩乗揚

船橋当直者が疲労で居眠りし、御前岩灯台に針路を取っていた貨物船が御前岩1nm手前の転針点に気付かず直進し暗礁に突っ込んだというもの。

睡魔に襲われた原因は乗員が2名しかいないハードな業務体制にあるが、ヨットのシングルハンドクルージングも同じようなもので、居眠り防止対策の重要性を再認識させられた。
また、暗礁の上に建つ御前岩灯台に針路を取ってなかったら、例えば御前岩灯台から1nm以上南に針路を取り、御前岩灯台を右舷正横に見たら転針と決めてたら、たとえ居眠りして転針点を直進してしまっても前方に障害物はなく座礁はまぬがれたのだが…
しかし、通常はコースを決めるに際し居眠りなど前提としないし、このケースの場合、風浪の影響を避けるためと、対向船とのすれ違いを考えて通常より北寄りの針路を採ったのだ。

貨物船第弐拾大豊丸遭難事件

https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00992/contents/0770.htm

事件区分 遭難事件

言渡年月日 平成11219

事件発生の年月日時刻及び場所:平成82100513分 静岡県御前岩付近

事件発生の経過(一部抜粋)

船長と機関長の乗員2名の液体ばら積貨物船第弐拾大豊丸総トン数 199.78トンは、平成8281920分千葉港千葉第4区日本燐酸株式会社専用桟橋に着桟し、翌90720分から1050分の間、同桟橋においてリン酸の積荷役を行い、平成8281920分、リン酸400トンを積載して、平均喫水3.0メートルをもって、1100分同港を発し、兵庫県東播磨港に向かった。

C船長は、当該航海時間が40数時間に及び、その大部分を自らが船橋当直に就かなければならず、十分な休息がとれない状況のもと、船橋当直を単独2直制とし、自らが出港操船に続いて船橋当直に就き、機関を全速力前進にかけ、8.0ノットの対地速力で進行し、1530分ごろ相模灘に出たところでD機関長に船橋当直を委ねて降橋し、2000分ごろ伊豆半島東岸で再び昇橋して船橋当直に就いた。

100000分ごろ石廊埼南方0.5海里の地点を航過したころから、船首方向から西寄りの強い風浪を受けるようになり、風浪の影響を少なくするため、ないしは東航船と左舷を対して通過するために、いつもより北に寄った針路を採り、御前埼灯台に向くほぼ270度 (真方位、以下同じ) の針路とし、船首方向からの風浪に抗して、6.0ノットの対地速力で、自動操舵によって続航した。

船橋当直者は、御前岩の手前で御前埼の沖合に向かう針路に転じるつもりで進行していたところ、0438分ごろ御前岩灯標の東方3.0海里のところに接近し、疲労から居眠りに陥ったものか、船位が確認されず、御前岩の暗礁に向首進行していることに気付かずに続航し、0458分ごろ御前岩灯標の東方1.0海里の、針路を御前埼沖合に転じる地点に達したが、依然としてこのことに気付かず、御前岩の暗礁に向首したまま進行した。

こうして、船橋当直者は、御前岩の暗礁を避けることなく続航中、0508分ごろ同暗礁に乗り揚げ、間もなく機関を使用して自力離礁したものの、0513分御前岩灯標から115.5650メートル(0.35nmで危険界線の外)の地点において、浸水により浮力を喪失して沈没した。

当時、天候は晴で風力5ないし6の西北西風が吹き、視界は良好で、御前岩付近では波高3メートルの西寄りの波浪があり、潮候は上げ潮の中央期であった。

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by mantenbosisan | 2018-01-28 07:37 | 航海情報駿河湾