満天☆の海-2

教訓海難・ヨットT御前岩乗揚事件

かつて、オールドソルトから、(思考・判断能力は)酔っ払い2分の1、海上3分の1、時化の海上10分の1、ということを聞いたが、まさにこれはそれだろう。

ヨットTは平成17年(2005年)5150830分浜名湖沖に差し掛かった時に冷却水排出口から機関室内に浸水しているのを認めて機関を停止し帆走に切り替えた。
1400分修理の為御前崎港に向けて東行を開始したが、御前埼沖合の航行は初めてであり、修理業者から御前岩の周辺に浅瀬があることを聞いたので,旧版海図第70号で御前埼東方約1.3海里沖合には御前岩及び暗岩を含む大根バエと呼ばれる水深10メートル未満の浅礁域が拡延していることを確認。

(にもかかわらず、なぜだ!、)

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15分御前埼灯台の南4.1海里の地点に達した時,御前岩は孤立障害物で同岩の至近を航行しても大丈夫と思い,海図での水路調査を十分に行わず,御前岩から南南東方約400メートル沖合にかけて存在する水深2メートル未満の浅礁域(御前岩浅礁域)を知らないまま(浜名湖沖で海図で確認したはずではないか!これはどういうことだろう?),針路を御前埼と御前岩との中央に向く016度に定め,レーダーを休止したまま,手動操舵によって進行した。

GPSにルートを入力しないで、しかも夜間に帆走で、御前岩と御前崎の間の海面にコースを採るなどKAKESU-3にはとても考えられないことだが、どのようにして船位を確認するつもりだったんだろう?
当時は時化ではなかったが、エンジントラブルを抱えて知らない港に夜間入港するということで、心穏やかならず”時化の海上10分の1という精神状態に陥ったか?)

そして、左舷船首から受ける強風と潮流により右方に12度圧流されながら4.5ノットの対地速力で続航し,1900分御前岩灯標から1991,590メートルの地点で,右舷船首3度のところに,同灯標の灯火を視認したものの,御前岩浅礁域に向首接近していることに気付かないまま進行中,1915分御前岩灯標から153300メートルの地点において,原針路,原速力のまま御前岩浅礁域に乗り揚げた。

(ここは御前岩灯標(今は改称されて御前岩灯台)の東海面の危険界線の中だ!右舷方向に12度圧流されていたのだから、同じ針路を維持して走り続ければ御前岩灯標の右海面(東海面)に向かうことになることはわかっただろうに…)


当時,天候は晴で風力5の北西風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,日没時刻は1843分であった。

尚、ヨットTは,フィンキール及び舵柱に損傷を生じて航行不能に陥り,付近に錨泊したのち,来援した巡視艇によって御前崎港に引きつけられたとのこと。

海難審判庁裁決録

https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2006/00394/contents/0290.htm


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by mantenbosisan | 2018-01-28 23:40 | 航海情報駿河湾